小説 | ナノ


▼ ウォル様

「飛雄くん、ごめん。今日帰ってこないで」

そう言われて一方的に電話を切られ、そのあと掛け直しても出てくれることはなかった。俺は悶々とした気持ちのまま飛行機へ乗り込み東京へ帰ってくる。その間スマホを使うことはもちろんできず、名前さんの身に何か起きたのかと心配で気がきじゃなかった。

空港についてすぐタクシーを拾い、自宅の住所を伝えると道が混んでるようでいつもより時間がかかる。その間も名前さんに何度か電話をしてみるが繋がらない。

「くそが...!」
「お客さんすいません、ちょっとまだ混んでるみたいで」
「いや、違うんす。大丈夫っす」

タクシーの運転手さんが気を遣ってくれ申し訳なくなる。少し落ち着いて電話からメールに切り替え「大丈夫か?」「何かあった?」と送るがやはり既読すらつかない。

「釣り、いらねぇっす!」

早く一刻も早く、と言う気持ちで玄関のドアを開け靴を脱ぎ散らかしたままリビングに入る。いつも「おかえり」と笑顔で出迎えてくれる名前さんがいない。今日は仕事ではないはずだし、おかしい。何か事故や事件に巻き込まれていたらどうしようと心臓がいつもより早く脈打ち変な汗が出てるのもわかる。名前さんに何かあったらどうしよう、そう思いながら寝室のドアを勢いよく開けると寝ている名前さんがいた。

「っ、よかった...!」

いや、もしかしたらしんどすぎて連絡出来なかったのかもしれない。そう思い名前さんに近づくと息苦しそうは息苦しそうだが、ただ寝てるだけで安心する。一旦リビングに戻り手洗いうがいをし遠征の荷物を解き洗濯を回す。まだ名前さんは寝ているようで、台所を見ても何か食べた形跡もなく俺は一度スーパーへ向かった。

スーパーから戻り、寝室へ声をかけると名前さんの弱々しい声が聞こえる。

「大丈夫すか?」
「こないで、っ...!」
「あ?何言ってんすか」
「うつっちゃうから、だめ」

咳き込みながらそう言ってる名前さんを愛しい、好きだと思ったと言えばきっと名前さんは困った顔をして照れるだろう。とりあえず名前さんにスポーツドリンクを飲ませ、ゼリーを食べさせる。

「俺は風邪引かねぇから安心しろ」
「う、ん」
「いつから?俺が行ってからすぐか?」
「飛雄くんが遠征向かって次の日くらいから熱っぽいなって思ったけど...」
「けど?」

少し元気になったのか名前さんが体を起こしてクッションを俺に投げてくる。

「と、飛雄くんのせいだからね」
「何が、すか」
「お風呂でした後ちゃんと服着せてくれてたら風邪引かなかったのに!もう絶対しないから!」

むす、っと怒った顔の名前さんがたまらなく可愛くて抱きしめようとすると全力で阻止される。

「すいません...」
「謝っても許さない」
「次はちゃんと服着せてから俺も寝るから」
「髪の毛も濡れたままだったから朝大変だったんだから...!」

そっぽを向いたまま怒ってる名前さんには申し訳ないが、可愛い以外の感情が今俺の中にはない。そりゃ、風呂でやった後疲れすぎてそのままベッドまで運んでろくに拭かないまま寝落ちしたのは悪いと思ってる。けど久しぶりに会ったタイミングでそのこと思い出させるようなこと言ってくる名前さんは悪ぃと思う。後頭部にキスをすると「汚いからダメ!」と名前さんからまた怒られる。可愛い。

「今日は一緒に寝ないから、リビングに布団ひいてね」
「嫌っす」
「だめ!ほんとに!」
「3日も離れてたのに今日も離れて寝るとか無理です」
「今日で絶対治すから、お願いだからあっち行って!」

名前さんの背中に耳を当てると確かに少し息がしづらそうで、仕方ないかと自分の布団を運ぼうと立ち上がろうとする。と、名前さんが俺の服の裾を掴んで一瞬引き止められる。

「わたしも寂しかったから、風邪治ったらいっぱい甘やかしてね」

ここで押し倒さなかった俺のことを誰か褒めて欲しい。



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